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季刊誌「せおと」-fileNo.014-『願う心、欲う心』

fileNo.014『願う心、欲う心』

『終わりのない子育て』 秋葉原無差別殺傷事件の発生は、6月8日午後零時半ごろであった。自己への攻撃(自殺)が他者への攻撃(殺人)へ移行しつつあるのだろうか。氷山の一角という言い方がある。海に浮かぶ氷山は、目に見えているのはほんの一部で、ほとんどの部分は見えないことを意味する。そのように観るならば、行動にこそならないが、他者への攻撃を秘めている人が増えていることを意味する。何故に。たまさか6月8日の南日本新聞に「保健室“心のサイン”発見」という記事があった。自傷行為(リストカットなど)の人数が児童生徒千人当り、小学校0.2人、中学校3.7人、高校生3.3人とあり、幼少期の虐待経験が、その後の自傷行為の遠因になるとの指摘もある、と結んであった。

虐待と聞けば、すぐ「身体的暴力」「心理的暴力」「性的暴力」「ネグレスト(育児放棄)」があげられるが、評論家の芹沢俊介によれば、この4つは見える狭義の虐待であって、氷山の見えない部分のように「見えない虐待」があるという。そして両者のあいだには境界線が引けず「見えない虐待」は「見える虐待」にいつでも転じうると続ける。

ここで秋葉原の事件に戻ってみたい。容疑者は両親に対する激しい憎しみを表明している、と報道されている。「殺しても足りません」「中学生になった頃には親の力が足りなくなって、捨てられた。より優秀な弟に全力を注いでいた」等々である。「味方は一人もいない」「みんなが俺を敵視している」と孤独感も表明されているらしい。私も3人の子(すでにいい年のおじさん、おばさんではあるが)の親として、「親が周りに自分の息子を自慢したいから、完璧に仕上げたわけだ。俺が書いた作文とかは全部親の検閲が入ってたっけ」は気になるところである。

世の中の親で、自分の子が将来殺人者になろうが自殺しようが一向にかまわないと思って育てているとは、私には到底考えられない。今回の容疑者の両親も将来の幸福を願いつつ教え導こうとされたに違いない。その願いがなぜ届かなかったのか。どこで食い違ったのか。

ここで少し横道にそれるが、願(ねが)うと欲(ねが)うの違いである。願いはなった者の深まりであり、欲うは無いものねだりである。例えて言えば願いは「親になった者が授かった子に恥じない親になりたい」と自分に向けた祈りであり、欲いはまだ子をもっていない夫婦が子を授かりますようにと他者(神でも仏でも)へ向けた祈りである。青森の両親の子育ての「ねがい」は「願い」だったのか、もっといい子に育ての「欲い」だったのか、ふと思ってしまう。

しつけにしても教育にしても、先程の「親が周りに自分の息子を自慢したい・・・」のところが、あなたには無かったかと問われれば私にも自信はない。あいさつができる、ありがとうが言える子の評価は親へも及ぶ。「しっかり教育なさっているわ」の評価が子への無理強いにつながらなかっただろうか。子を学校の評価だけで評価していなかっただろうか。子に向かってそのままでいいよ、という眼差しで見つめたであろうか。ますます自信はない。もっとこうあれ、あああれと注文をつけていたような気がする。

「みえない虐待」には、子どもの自主性に目が向かない無理強い、対社会的な見栄、条件つきの可愛がり、子からの問いかけの無視等が含まれると今考える。私には自己への攻撃も他者への攻撃も根は一つ、一枚の紙の表裏のように思える。自分の存在への肯定感が希薄である。つまり自分はこの世で必要とされていない存在であるという感覚である。人は愛された経験(他者の存在への信頼)なしには、他人はおろか自分すら愛することのできない生物らしい。

それにしても、私夫婦の子育てと青森の両親の子育てとどこが違い、どこが違わなかったのだろうか。このような事件が起こる度に自分の子育てに思いが向き、胸が痛む。

前出の芹沢俊介はその著書「家族という暴力」で次のようなことを語っている。氷山は水に浮いている。(見える虐待も見えない虐待も氷にたとえて)水温が上がると氷は少なくなる。その水温を変化させるのは大気の気温である。その気温に相当する要素に、子ども観、教育観、女性の置かれた状況、社会情勢などだとした上で、たったひとりで「気温を上げる」手だてがある、と続ける。それは「考えるということ」だと。自分のなかの暴力の根について突き詰め、他人事ではないと考える、その「考えるということ」こそが、虐待の本質的な防止策になると結んでいる。

とすれば、人は社会の一員である限り、子育てに終りはない。

平成20年夏季号より

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