【阿修羅(あしゅら）道】阿修羅は古代インドの神の一族とされ神々に戦いを挑む悪神であり、人間以下の存在とされる。今、世界には阿修羅が満ち満ちているようで悲しい。

　

師走の初めになると東京に住む同い年の先輩から鎌倉ハムが届く。お礼の電話は「今年もお互い生き延びたみたいですね。そうだね(笑)。元気でしたか？どうにかね」で終りである。この年末のやり取り以外ほぼ電話もなければ便りもない。虚礼と言えばそれまでであるが生き延びている者同志のエール交換で意味ある行為なのだ。どちらが生き残れるかのサバイバルゲームである(笑)。この後、多分博多めんたいこが届く。私はイモ焼酎で応える。年が改まると年賀状が届き二人の一年は終る(笑)。

近場の生活は穏やかであるが二〇二三年の世界情勢は何とも落ち着かない。ウクライナ戦争は出口も見えないまま間もなく二年になろうとしている。イスラエルのガザ地区ではイスラエル軍のイスラム組織ハマスの掃討作戦が止む気配もない。朝鮮半島、東シナ海、南シナ海も不穏な空気が漂う。

どの国もどの組織も平和を旗印に戦争をする。正義は全て自国にあって戦争の全責任は相手国にあるとする言説は昔から揺るがない。人類の歴史は戦争の歴史と言われればうなづくしかない。相手がこん棒を持てば石を投げ、弓矢で射かければ鉄砲で応じ、大砲はミサイルとなった。文明もまた戦争と共に発展した。

人間【人類】とはそもそも何者なのか。仏教では宇宙の命はさまざまに姿を変えて存在すると説く。六道輪廻といい、六つの存在形式のことである。地獄（じごく）道・餓鬼（がき）道・畜生（ちくしょう）道・修羅道・人間道・天道の六つで、命は生まれ変わり死に変わりしながら永遠に繰り返される。仏教はこの六道から抜け出す道を教えるとされ、抜け出した命【存在】を仏と呼ぶ。おもしろいことに六道から仏への通路は人間道だけなのだ。

地獄道は現世で悪業をなしたものがその報いとして死後に苦しみを受けるところとされ地下にあって閻魔（えんま）が主宰する。鬼たちが罪人を責めるというあの源信僧都の地獄絵図が有名である。

餓鬼道とは、これも悪業の報いとされ痩せ細ってのども細く針の孔（あな）のようで飲食することができず常に飢え渇きに苦しむのだという。

畜生道の畜生は性質が愚鈍で人に養われて直立歩行しない生きものをいう。

修羅道の阿修羅は古代インドの神の一族とされ天上の神々に戦いを挑む悪神であり、神でありながら人間以下の存在とされる。

人間道は仏教に出会うことができ六道から抜け出ることができるが四苦【生老病死】八苦【愛別離苦・怨憎会苦・求不得苦・五陰盛苦】に悩まされ苦しむ世界である。

天道は六道の中では苦しみや迷いがなく楽しみが多く、ここの存在を天人という。寿命も人間より長いが仏教に出会えないので輪廻から逃れられない。

この六道輪廻には二つの解釈があって、一つはここまで書き連ねてきた「命」そのものが姿を変えて存在するとする考えと人間のあり様であるとする見方で人間自身が六道を巡ると考える。つまり生物的ありようと精神的ありようと言っていいかもしれない。

生物的な人体の構成は分子レベルではおおよそ水分が六〇%、タンパク質一五%、脂質一六%だといい、元素レベルでは酸素・水素・窒素で九五%を占めているという。つまりさまざまな物質の集合体であるとすれば死んで焼かれれば分子・元素に戻ってこの宇宙【地球】に拡散する。そして何かの縁があれば別の命の【動物・植物】一部となる。無くなるのではなく姿を変えるのだ。その意味では命が六道を巡るという見方は理に適っているかもしれない。

もう一つの見方は人間が六道を巡るのである。心穏やかな日は他人にも自分にも優しくて「仏さまのような人」と呼ばれるが何か気に障ることがあれば悪口雑言人を罵り果ては刃物を振りまわし「鬼」と化する。空腹になれば盗みも働き人をも騙し餓鬼となる。人もまた、いかようにでも姿を変え六道を巡る。

地獄・餓鬼・畜生は三悪道（さんあくどう）と呼ばれ、地獄は瞋恚（しんし）【怒り】、餓鬼は貪欲（どんよく）、畜生は愚痴（ぐち）【無知】を象徴しているといわれる。

修羅は自尊心・我執【自分の意見にこだわること】・疑いの心の強い者が住む常に争いの絶えない世界という。

今、世界には阿修羅が満ち満ちているようで悲しい。しかし、人は仏への道も開かれていると仏教では教えている。二〇二四年に希望をつなぎたい

うつくしや　年暮れ切りし　夜の空　　一茶

令和６年冬季号より