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季刊誌「せおと」-fileNo.039-人は 無いものが見えて、有るものが見えない   

fileNo.039人は 無いものが見えて、有るものが見えない   

『永遠の今』 私の生れ在所は薩摩川内市の北部、阿久根市境に近い山奥で、今では超過疎地域、ほぼ限界集落である。昭和20年代の終り頃、親父達の間で小型水力発電所建設の話しが持ち上がった。参加総数6戸で2戸は父の兄と弟なので半分は兄弟である。当時我が家には電燈がなく明かりは灯油使用のランプであった。

 今なら再生可能エネルギーの買い取り制度もあるというのに、あの頃九州電力はなぜ我が地域に給電しなかったのか。同一集落の下流域までは通電されていたから当然父たちは「俺たちの家にも通電してくれ」と会社にかけ合ったに違いない。会社は答える「給電に必要な電柱その他の費用を負担するなら考える。そうでなければ採算がとれない」と。

 あまりの大金(?)にため息をついている頃、阿久根市から山を越えて周旋屋(しゅうせんや)がやってきて口上を述べる。我々にまかせてくれれば九電よりはるかに安く電気を提供する水力発電所が建設できる。水力は農業用の水路が利用できるので建設費・維持費も安く、その上電気料金も払う必要もない。父たちはソロバンを弾く。この金額なら6戸で何とか負担できそうではないか。まして未来永劫電気代を払う必要がなく割安だ。九電を見返してやる!と言ったかどうかは知らない。

 建設場所は我が家の上流5.6百米(メートル)程で高城(たき)川の本流で「そばどんの滝」の近くである。この滝は高さ15米程ありなかなかの名瀑(めいばく)であるが、上部には従前から石を並べただけの井せきがあり、そこから水田用の水路が引かれていた。そこから百米下流付近で15米の落差を土管で一気に落し、タービンを回そうという作戦である。ある程度の材料や労力を提供する条件であったらしく、電柱は近場の杉材(丸太)を切り出し、タービンや発電機の設置場所を作るセメント・砂利類はトラックが入る公道の終点から人海戦術で当時私を含む小学校高学年の子どもも動員して背負って山道を運んだ。

 石油ランプが60Wの電球にかわると家は格段に明るくなり、5球スーパーラジオの声が聞えたが、それ以外の電気器具など想像もつかない時代であった。姉たちとソケットに指を突っ込み感電実験(?)までやったのは今考えてもアホらしい。

 秋に入ると時々やっかいな事が起こり始めた。山太郎ガニが川を下りタービンを回す土管の噴出口につまるのだ。噴出口は勢いをつけるため口径がかなり小さくなっている。そこへカニがはまる。はまると水が止まりタービンが止まり発電機が止まり電気が止まる。6軒が全て暗くなるのでカニ退治の対策を練り当番で対応することとなった。カニ退治は土管の水を止めないまま(止めるとカニに逃げられる)水圧のかかる噴出口に細い鉄筋の棒を差し込みぐるぐる回して潰すのだ。潰れると水が吹き出し下手すると頭からかぶる。寒い時季は辛い作業であった。

 ここまで語ったことは60数年前の昔話であるが、全て今の私に存在する。人には水平に並べた人生履歴だけではなく、垂直に貫く底しれない深みがある。私の中には生まれてから今日までだけでなく、はるか太古からの先祖の記憶が刻まれている。それを血の記憶と言ったりDNAと呼んだりする。

 日常我々は明日もあれば明後日もあると思って生活する。そうでなければ社会生活は成り立たない。しかし、ほんのすこし冷静になって考えればいつも今・しかない。誰も今以外に立つことはできない。将来への夢なしには生きられない、と言うかもしれないが、明日への大きすぎる期待は絶望へ変り易い。今を離れての将来への想いは人を不幸にする。確かなことは「今・ここ」のこの私である。過去を悔いるのも今・、将来を語るのも今・なのだ。今を外して真実(幸福)はあるまい。今ここにいのちを頂き、今ここに仕事をなし、今ここに家族ありである。

 仏教のさとりも信心も「今に救われる」ことを目指す。キリスト教にも「1日の苦労は1日にて足れり。明日のことを思い患うな」とある(マテオによる福音書第6章)。誤解しないでほしいが仏教の「今に救われる」もキリスト教の「1日の苦労」も今だけおもしろく・おかしく刹那的に生きよと教えているわけではない。仏や神の摂理を超えるほどの思い煩わずらいを戒いましめているだけだ。

 それにしても人は無いものを数えることの名人だ。金がない、地位がない、才もなければ、美ぼうもない。数えて自分を不幸にする。「人は無いものが見えて、有るものが見えない」と言ったのは中尾徹昭師であった。至言しげんである。

花どきの 土をあげたる 土竜もぐらかな    あきら

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