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季刊誌「せおと」-fileNo.76-蟪蛄(けいこ)春秋を識らず

fileNo.76蟪蛄(けいこ)春秋を識らず

【墓じまい】 蟪蛄とはセミのことで夏生れて夏死ぬセミは夏以外の季節を知らず、そもそも夏も分からないという意である現世に生れ現世で死ぬ私には前世も来世も分からない。

 

今年の夏はほんとうに暑かった。出かける予定も人が訪ねてくる気配もない今の生活の夏は、ほぼ毎日上半身裸で過ごす。

そんなある日直接受け取る必要のある郵便物が届いた。玄関で「裸でゴメン!」と言えば「(裸は)夏の正装ですからいいですよ」と配達員さんが答える。一瞬さわやかな風が吹いた。

その風を台無しにしたのが台風一〇号である。この台風ほど日本の気象予報士の予想を裏切ったものもあるまい(笑)。

おまけに「台風一過さわやかな青空」には程遠く通過後一昼夜も風雨は納まらなかった。後に木の葉と小枝の類が山と残された。

ところで今年のお盆の法話は「言葉【愛語】には回天の力あり」であった。道元禅師の正法眼蔵の「愛語は好むよりはようやく愛語を増長するなり。しかあれば日ごろ知られず見えざる愛語も現前するなり。」から引用である。

増長とあるのは増大して成長するの意であるという。愛語は次の愛語を生んでいく、そんな力を持っている。心したい。

この夏我が家には特筆すべきことがあつた。改葬というか俗にいう墓じまいである。妻の父母達の墓は鹿児島市営唐湊墓地にあった。妻の同胞は姉妹だけで生前義父から暗黙のうちに墓守りを託され以前から家庭で話題となっていた。

どこの墓地も似たようなところがあるが唐湊墓地も高低差が激しく道路事情にも難点があり墓参には難渋していた。それに寄る年波である、酷暑の墓参は耐え難い。

孫の葬儀を機に墓じまいを長男に語ると日を置かずして「墓じまい【再火葬】の代行屋さんがある。見積りを依頼してみる」との連絡である。

墓地の返還は墓石を取り除き更地にするが常道との情報があった。墓参の度に近隣の墓石を観察していると雑草が生い茂り荒れてくると市役所の札が立つ。いついつまでに申し出がないと撤去するとの広告である。荒れた墓に遺骨があるのか定かでない。

そこで私の悪知恵、妄想が湧く。遺骨を秘そかに移し墓石をほったらかしにして置くと行政が撤去してくれるかもしれない。それを「振り逃げ」と名づけて妻に提案すると「それだけはやめましよう」という(笑)。

どの位前からだろうか、墓地にも空地が目立ち過疎がここにも及んでいるのが分かるようになった。生者が少なくなると墓地も縮小するのは必然と思われる。

墓じまいの第一歩は使用者の変更届に始まる。義父が建立した墓石であるから使用者は彼の名儀である。通常ならば娘である妻へと変更すべきであるが鹿児島市に居住する長男へ変更を依頼する。

その理由は再火葬の費用で市在住と市外では数倍違うのだ。せこい話ではある(笑)。

使用者変更届の添付書類には三通もの除籍謄本が必要で二度も地元の市役所に足を運んだ。長男との共同作業が進み業者へ依頼すると遺骨取り出し、再火葬が八月二六日となる。両方の立会いも長男へ丸投げした。

後日長男から再火葬終了が十時半の予定なので終り次第吹上へ向うとのことで納骨堂のある寺で待ち受けることにした。

妻の言では二六日は二年前現在地に引っ越した日らしい。これで生者も死者も移住が完了するわけである。

本堂で読経してもらい納骨となったのであるが墓じまいというより墓の移設で参る所が墓地から納骨堂に替ったにすぎず、一戸建住いからマンション暮らしになったようなものである(笑)。

最近この界隈では納骨堂を求めて簡単に父祖伝来の寺を変更する人達が現われている。宗派も宗旨も考慮せず墓じまいと称して寺を移る。

寺院も納骨堂をエサに門信徒の取り込みを図る。嘆かわしい!

本来仏教は先祖供養が目的ではなく死者の供養を縁として生者の道しるべとなる教えなのだ。親鸞さんの歎異抄第五条に「親鸞は父,母の孝養(きょうよう)のためとて一返にても念仏申したること、いまだ候(そうら)わず。以下略」とある。また「親鸞、閉眼せば賀茂河にいれて魚に与うべし」という言葉も残されていて先祖供養や遺骨よりも大事なことがあると教える。

「蟪蛄(けいこ)春秋を識らず」という言葉がある。蟪蛄とはセミのことで夏生れて夏死ぬセミは夏以外の季節を知らず、そもそも夏も分からないという意である。

現世に生れ現世で死ぬ私には前世も来世も分からない。

 「死ねば無になる」と現代人は思っているらしいが、どこまで確かなことなのか(笑)。 –

令和6年秋季号より

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