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季刊誌「せおと」-fileNo.59-王舎城(おうしゃじょう)の悲劇 Ⅰ

fileNo.59王舎城(おうしゃじょう)の悲劇 Ⅰ

『私に何の罪があればあんな悪い子が生れたのでしょうか。太子は何の因縁であの悪人ダイバダッタと親族なんですか!」と喰ってかかるのである。いつの世でも人は窮地に立つと誰かのせいにしたいものらしい。』

 

仏教徒を標榜(ひょうぼう)していると時々、いや、たま~に「お経【以下経典】にはどういうことが書かれてあるのですか。」という質問に会う。うれしい問いである。ほとんどの人にとって経典は葬儀の時か年忌と呼ばれる先祖供養の時「お坊さん」が読誦(どくじゅ)する「まじないことば」にしか聞こえないだろうと思うから。

この質問に「王舎城の悲劇」を語ると反応が二つに別れる。ひとつは「くだらない!」でもうひとつは「おもしろい!」である。おもしろいと応じた人は俄然仏教に興味をもたれ、くだらない派は「もっと高貴なことが書いてあると思った。」と否定的である。

そもそも経典は八万四千卷あるといわれる位で、それぞれの宗派にはそれぞれ根本となる経典がある。

日本一の信者数を誇る浄土真宗[真宗十派]の経典は浄土三部経といわれる「無量寿経」「観無量寿経」「阿弥陀経」である。おもしろいことに国内の宗教団体が発表する信者数の累計は人口の三倍を超えるらしいから各団体が水増ししているか二股三股の信者がいることになる。笑えない。

本論に戻る。「王舎城の悲劇」は「観無量寿経」の序文である。

時は古代インド。お釈迦さま【以下釈尊(しゃくそん)】のご在世、つまり生きておいでの頃といぅから約二千五百年前のことである。マダカ国の首都王舎城に一人の太子があつた。名をアジャセ【阿闍世】といったが王位欲しさに悪友のダイバダッタ【提婆達多】に唆(そそのか)され父親である大王ビンバシヤラ【頻婆娑羅】を七重の牢にとじ込め一切の飲食物を断つよう大臣以下の家来に命じる。

ところが国王の夫人、太子の母親イダイケ【韋提希】が門番の目をかすめ十分な飲物食物を差し入れる。その上釈尊の弟子二人が神通力(?)で空より大王を訪ね教えを説く。大ざっぱに言えば大王は牢にありながら心身共に健康そのものであった。

二十一日が経過し太子が門番に訊ねる。「父の王なお存在せりや。」【死んだかとは言い切れない】。門番は答える「大王【太子に忖度して呼ぶ】、国の大夫人は身に飲食物を隠して持ち込み、仏弟子二人は空から来るんです。とても私ごときには止められません。」と泣きを入れる。

怒った太子は剣を抜き「我が母は是れ賊なり。」と叫び殺そうとする。

そこに二人の大臣があって一人をガッコウ[月光]、もう一人をギバ【耆婆】といったが礼をつくして説得する。歴史始まって以来王位欲しさに父王を殺した太子は一万八千人いたが母を殺した者は一人もおりません。

臣[家来]として見通せないと剣に手を置いて退りぞいた、とあるから相当強気の諫言(かんげん)がなされたと思われる。

さすがに恐れ戦(おのの)いたアジャセ太子はもっとも信頼するギバ大臣へ言う「私の味方をしてくれないのか!」。

ギバは答える「母君を殺さないでください。」。太子は二人の大臣に許しを請い、ざん悔して剣を投げ捨て殺害を思いとどまる。

が父同様王宮の奥深くにとじ込めるのである。

イダイケ夫人は我が子の仕打ちを嘆き悲しみ、釈尊の住いのある山に向って二人の仏弟子を派遣して私を慰めてください、と訴え礼拝する【ほんとは釈尊にきてほしいが遠慮して言えない】。

するとちまちそこに二人の弟子を伴った釈尊が現われる。それを見るなりイダイケは王妃としての飾りをかなぐり捨て釈尊の足元に身を投げ泣き崩れ「私に何の罪があればあんな悪い子が生れたのでしょうか。

また釈尊は何の因縁であの悪人ダイバダッタと親族【徒弟(いとこ)】なんですか!」と喰ってかかるのである。

いつの世でも人は窮地に立つと誰かのせいにしたいものらしい。

イダイケは言葉を続ける。もうこんな濁(にご)り切ったこの世には居たくありません。憂いや悩みのない清らかな世界を教えてください。そんな世界に私は住みたい。

かなり端折ったけれどもここまでがこの経典の序文のあらましである。

この後釈尊がイダイケ夫人に浄土を観せ教えを説かれる本文へと続くのである。二千五百年前の事件であるが昨今の週刊誌の親殺し子殺しを読む思いがしないでもない。人類は進歩しているのであろうか。

ところでこの物語には前後があってアジャセ太子誕生にかかる秘話やイダイケ夫人、ビンバシャラ王の行末が「涅槃経(ねはんきょう)」という経典で語られているのであるが紙面の都合で次回へ続けたい。

観無量寿経という経典も物語風に語られているがおとぎ話ではない。物語風にしか語れない真実もあるのではないだろうか。

人は皆自分の物語を生きているのだから。

令和2年春季号より

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